聴く力

長くこの仕事をやっていて、つくづく大切でありどんなにキャリアを重ねても難しいと感じるのが「コミュニケーションの力」である。建築家がそれを最も発揮しなければならない場面はもちろん施主と対峙している時であり、この「コミュニケー ション力」によって家の良し悪しが決まってしまうことさえある。

「コミュニケーション」は相手と「知覚・感覚・思考」を伝達し合うことだが、 特に建築家において要求されるのは「聴く力」「想像する力」「洞察する力」だと思っている。大抵の家づくりとは施主が持つイメージの断片をつなぎ合わせる作業で、それを繰り返すことによって完成へと近づいていくものだ。しかし、その間に交わされるいくつものコミュニケーションをはかるという行為は決して容易いことではない。例えば形容詞一つ取ってもその言葉に感じるニュアンスは千差万別であり、そのちょっとした感じ方の相違が、実は根本的な認識の差になっていたりすることがある。そんなわけでヒアリング時にはそうしたことに留意しつつ、施主が抱いているイメージの手がかりを注意深くつかまえるように心がけている。そうしていくことで、施主との人間関係が構築され、その人の人となりを知るよすがにもなり、その人のための家づくりにおける大切な情報が蓄積されるのだ。

さて、家づくりの過程では施主と無数のやりとりが交わされるわけだが、私が最も相手から聞き出したいことはデザインや間取りや予算ではなく「家や暮らしにおける根っこの部分」である。「どのような」家で「誰と」どのように「暮らす」のか、10年後、20年後はどうありたいのか、家を作ることはその人の人生に何をもたらすのかなど、施主が潜在的に持っている深い想いを私は知りたいと思う。なぜなら、それを家は包括するものだと考えているからだ。良い家は決して建築家の自己満足の産物ではなく、施主の要望をその通りに形取ったものでもない。コミュニケーションの力を駆使し施主と互いに感覚をシンクロさせていきつつ、言葉にはならないものさえも摑みとりながら最良を創造すること。 これこそが家をその人らしい住まいとして帰結させるための大事な手続きなのだと思っている。